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札幌高等裁判所 昭和52年(ネ)338号 判決

控訴人

八木京子

右訴訟代理人

庭山四郎

被控訴人

株式会社三和銀行

右代表者

村井七郎

右訴訟代理人

藤井正章

主文

本件控訴を棄却する。

控訴審の訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一札幌支店の得意先係従業員高屋が、被控訴人を代理して預金契約を締結する権限を有することは、当事者間に争いがなく、〈証拠〉によると、高屋は、昭和四九年一〇月頃から昭和五〇年一〇月初頃までの間、控訴人の住所の地域担当者として、控訴人宅を訪問して、控訴人の被控訴人に対する預金の、預入れ、払戻し、その他控訴人と被控訴人との間の銀行取引業務を取扱つていたことが認められ、右認定を妨げる証拠はない。

二1  原審における控訴人本人尋問の結果のうちには、次のとおりの趣旨の供述がある。

(一)  昭和五〇年五月末頃、控訴人宅において、控訴人は高屋に対して、村井靖男名義の期間二年の定期預金として被控訴人に預入れることとして、現金一〇〇万円と本件通帳とを交付した。

(二)  高屋がその次ぎに控訴人宅に来た時に、控訴人は、高屋から本件通帳の返還を受け、本件通帳の一頁(甲第一号証の二)第5欄の記載(但し、記載を抹消する趣旨の赤線が引かれる前の記載。)のうちの、「お預り金額」欄の記載のみを確認し、「預入日、期間」「満期日、中間利払日」各欄の各記載内容を確認しないまま、高屋に交付した右一〇〇万円が、申込どおり被控訴人に定期預金として預入れられたものと考えていた。

(三)  控訴人が高屋に右現金一〇〇万円を交付した際に、控訴人は高屋から、一〇〇万円を受領した旨を記載した高屋の名刺の交付を受け、これを保管していたが、右名刺は、昭和五〇年一〇月初頃までの間に、見当らなくなつてしまつた。

2  当審における控訴人本人尋問の結果のうちにも右1とほぼ同趣旨の供述がある。

3(一)  〈証拠〉によると、本件通帳の一頁の第5欄には、その「預入日、期間」欄に四九・八・二九 二ネンと「満期日、中間利払日」欄に五一・二九 五〇・八・二九と、「お預り金額」欄に一、〇〇〇、〇〇〇と、「利率、中間利払利率」欄に7.50 6.25と、「預入番号」欄に〇〇一と記載され(但し、数字はいずれもアラビヤ数字で、横書きである。)、「支払番号」「支払日」「備考」の各欄には記載がなく、右の第5欄になされた各記載を抹消する趣旨の赤線が引かれていることが認められる(以下右の第5欄の赤線を除くその余の記載を「本件係争記載」という。)。

(二)  〈証拠〉によると、次の事実が認められる。

(1) 昭和五〇年九月二七日、控訴人は、控訴人宅において高屋に対して、(イ) 本件係争記載を含め本件通帳に預入れの記載がなされていた定期預金四口計一九五万円、(ロ) 預金名義人がいずれも控訴人である(A) 口座番号一〇二八八〇の自由積立預金の積立金三〇万円、(B) 口座番号一〇三七九一の自由積立預金の積立金二五万円、(C) 口座番号五一七九〇の通帳制定期預金の定期預金四口計一七〇万円の全部の解約を申込み、高屋は、右解約の申込みを受けた定期預金、積立金合計一〇口のうち、本件係争記載の定期預金一〇〇万円は同月三〇日に、その余は同年一〇月一日に、それぞれ解約、払戻手続を行うことを約し、解約する定期預金、積立金の各金額、解約日を記載した高屋の名刺二枚(甲第三号証、同第五号証)を控訴人に交付し、控訴人から、本件通帳のほか右の自由積立預金、通帳制定期預金の各通帳及び預金名義人村井靖男、口座番号三五〇三〇の総合口座(普通預金)通帳、預金名義人控訴人、口座番号三〇九四二の総合口座(普通預金)通帳を預つた。

(2) 同年一〇月一日、高屋が右解約、払戻手続を行うことを約した定期預金、積立金のうち、本件係争記載の定期預金を除くその余の九口について解約、払戻がなされ、その払戻元利金のうち本件通帳制定期預金口座の三口分の九六万六九一六円は右の村井靖男名義の総合口座に、その余の六口分の二二九万三六六七円は右の控訴人名義の総合口座に、それぞれ振替入金され、右の払戻、振替入金の記入のなされた通帳が高屋から控訴人に返還された。その際、高屋から控訴人に対して、本件係争記載は誤記入であり、本件通帳制定期預金口座には、その記載内容の定期預金が実際には預入れられていないので、その払戻をすることができない旨が告げられ、控訴人に返還された本件通帳の本件係争記載部分には、これを抹消する趣旨の赤線が引かれていた。

右のように認められ、右認定を妨げるに足りる証拠はない。

三1  〈証拠〉によると、本件通帳制定期預金口座は、昭和四九年一二月三一日に第一回として、五〇万円、期間三箇月の定期預金が預入れられたことによつて、開設されたもので、その後、昭和五〇年二月一三日に第二回として、二五万円、期間三箇月の、同年三月三一日に第三回として、二〇万円、期間一年の、同年四月一日に第四回として、同年三月三一日に満期となつた右の第一回の定期預金の払戻金のうちから五〇万円、期間一年の、定期預金がそれぞれ預入れられ、右の第一ないし第四回の定期預金の預入れ、第一回の定期預金の払戻しが、その都度本件通帳の一頁(甲第一号証の二)の第1ないし第4欄に順次記載されたことが認められる。

2  〈証拠〉によると、昭和四九年八月二九日に長崎昌子が、札幌支店に開設された預金名義人長崎昌子、口座番号五一九二〇の通帳制定期預金口座に、第一回として、一〇〇万円を期間二年、満期昭和五一年八月二九日の定期預金として預入れたこと、その頃、長崎は札幌支店から、右の定期預金の預入れの記載がなされた預金通帳の交付を受けたこと、長崎は昭和五〇年九月二二日に右定期預金を中途解約して、その払戻しを受けたことが認められる。

3  〈証拠〉を合わせて考えると、次の事実が認められる。

(一)  被控訴人は、昭和四四年一〇月頃から預金業務の処理について、電子計算機を使用して行ういわゆるオンラインシステムを採用しており、昭和五〇年五月当時、札幌支店にはA号ないしG号の七台の記帳機が設置されていた。

(二)  記帳機を操作した場合には、伝票、預金通帳等にその結果が印字(記載)されるほかに、どのような操作が行われ、その結果がどのようなものであつたかが、各記帳機毎に、ジャーナルと称されている記録用紙に、その都度、順次記録されるようになつている。

(三)  昭和五〇年五月九日に札幌支店の記帳機のうちのF号機によつて、同記帳機の同日の操作の、(1) 二九八番目に、口座番号三五七四八の普通預金口座(預金名義人を谷内京子とした控訴人の預金)について、その通帳(甲第二一号証の一、二)に未記入の取引があれば、その記入をせよ、との操作がなされ、右口座には、通帳に未記入となつている取引はない、との回答がなされ、(2) 二九九番目に、口座番号一〇二八八〇の自由積立預金口座(預金名義人控訴人)について、その通帳(甲第二二号証の一、二)に未記入の取引があれば、その記入をせよ、との操作がなされ、これによつて、右通帳に、第七回の預入れとして昭和五〇年三月三一日に三万円、第八回の預入れとして同年四月三〇日に三万円がそれぞれ預入れられ、右の各預入れによつて、積立総額が順次二一万円、二四万円となつた旨の記入(甲第二二号証の二の第7、第8欄の記載)がなされ、(3)三〇〇番目に、口座番号として控訴人名義の通帳制定期預金の口座番号である五一七九〇を打ちながら、他の符号について、普通預金についてのものと定期預金についてのものとを混同して打つという誤操作をしたため、誤操作である、との回答がなされ、(4) 三〇一番目に、右の通帳制定期預金口座に現に預入れられている預金の全部を記入せよ、との操作がなされ、これによつて、その通帳(甲第二四号証の一、二)に、昭和四九年一二月三一日に期間一年として預入れた三〇万円、昭和五〇年三月三日に期間三箇月として預入れた七〇万円、同年四月一日に期間一年として預入れた二〇万円の三口の、右口座の第五ないし第七回の預入れによる預金が現存している、との記入(甲第二四号証の二の第8ないし第10欄の記載)がなされ、(5) 三〇二番目に、口座番号五一九二〇の通帳制定期預金口座に現に預入れられている預金の全部を記入せよ、との操作がなされ、これによつて、右口座の第一回の預入れによる預金が現在しているとして、その記入がなされ、(6) 三〇三番目に、口座番号四〇九九二の普通預金口座(預金名義人を谷内京子とした控訴人の預金)について、その通帳(甲第二五号証の一、二)に未記入の取引があれば、その記入をせよ、との操作がなされ、これによつて、右通帳の一頁(甲第二五号証の二の前の頁)に、当時未記入となつた四箇の取引が記入された。

(四)  昭和五〇年五月九日に、札幌支店の控訴人名義の当座預金口座から、小切手によつて二一万四八六〇円を払戻し、これを三菱銀行上野支店の永野一夫の預金口座に振込む手続が行われた。

(五)(1)  被控訴人の預金業務処理のオンラインシステムに使用されている電子計算機には、チェック・デイジッドの機能(本来の預金口座の番号の外に、その頭または末尾に、本来の預金口座の番号とチェック・デイジッドの算出方法とから算出された数字を付加したものを口座番号とすることによつて、記帳機操作の際に、右の口座番号を誤つて打つた場合には、その誤操作であることが、直ちに表示される機能)を組入れることが可能ではあるが、実際には未だ組入れられていない。

(2)  昭和五二年六月までは、被控訴人の店舗に設置されていた記帳機自体が、その通帳挿入口に挿入された通帳に表示されている口座番号を読み取ることによつて、記帳機の操作上口座番号を誤つて打つことに因る記帳等の誤の発生を防止する、ということができるようにはなつていなかつた。

(3)  被控訴人の店舗に設置されている記帳機を、オフラインの状態(中央処理装置との連絡を断つた状態)で操作することも可能であるが、オフラインの状態で操作した場合に、記帳機によつて記載される年月日の記載形式は、オンラインの状態で操作した場合の記載形式と異るものとなるようにしてあり、本件係争記載のうちの、預入日、満期日、中間利払日の各記載の形式は、オンラインの状態で操作した場合になされる記載の形式になつている。

右のように認められる。

四1 (一) 前記三3(三)認定のとおり、昭和五〇年五月九日に札幌支店のF号記帳機によつて行われた操作の、二九八番目から三〇三番目までの一連の六回の操作のうち、中間の三〇二番目の操作を除くその余の五回の操作が、いずれも控訴人が預金者で、その通帳を所持している預金口座の取引についての記帳を求める操作であつたこと、(二) 前記三3(三)(5)の認定の、右の三〇二番目の操作によつて記帳を求めた預金口座の種類、口座番号と前記三2認定の、長崎昌子の預金口座の種類、口座番号とが同じであること、(三) 前記二3(一)認定の、本件係争記載の記載内容と前記三2認定の、長崎昌子の定期預金の預入日、期間、預入金額、預入回数とが一致し、かつ昭和五〇年五月九日当時においては、長崎昌子の右定期預金が存在していたこと、(四) 本件通帳制定期預金口座の口座番号が五二九二〇であるのに対し、長崎昌子の通帳制定期預金口座の口座番号が五一九二〇であつて、千の単位に「二」と「一」との違いがあるだけであること、(五) 前記三3(五)認定の被控訴人のオンラインシステムの過誤防止機能の状態等を合わせて考えると、本件係争記載は、昭和五〇年五月九日に札幌支店のF号記帳機によつて、前記三3(三)(5)認定の操作が行われた時に、右記帳機の通帳挿入口に挿入されていた通帳が本件通帳であつたことに因つて、記載されたものであると推認するのが相当である。

2 右のように認めると、前記三1認定の本件通帳制定預金口座への預入れ、その払戻し及びその本件通帳への記載の状態と前記三3(三)(5)認定の記帳機操作(F号機の三〇二番目)の内容とからすれば、右操作を行つた担当従業員は、右の記帳機操作によつて、本件通帳に三口の定期預金の預入れの記入がなされ、これが既に本件通帳になされていた第二ないし第四回預入れの三口の定期預金の預入れの記載と重複する記載となり、その一方を抹消しなければならないことになることを、容易に予想できたはずであるということができる。しかも前記三3(三)(4)認定事実と〈証拠〉によると、右のF号機の三〇二番目の操作の直前に行われた三〇一番目の、預金名義人控訴人、口座番号五一七九〇の通帳制定期預金口座についての同種の記帳操作に関しては、右操作によつて右預金の通帳に、三口の定期預金の預入れの記載が、重複記載されたので、先に記載されていた右の三口の定期預金の預入れの記載を、赤線を引いて抹消したことが認められる。ところが、F号機の三〇二番目の操作の結果は、本件通帳に本件係争記載の記入のみがなされ、しかも本件係争記載のうちの預入日の記載は、本件通帳に記載されている第一回の預入日より前の日付である、という明らかに不合理なものであつたのであるから、記帳機を操作した担当従業員としては、その操作に誤りがあつたことを、容易に知り得たはずであり、かつジャーナルを見てみれば、口座番号を誤つて打つたことが、即座に判明したはずであるにもかかわらず、本件係争記載が記入されたままにしたのであるから、昭和五〇年五月九日に札幌支店のF号記帳機の三〇二番目の操作を行つた担当従業員(二九八番目から三〇三番目までの一連の操作は、中間で操作者が交替したことを窺わせるような証拠が何もない以上、同一人によつて行われたものと推認される。)は、預金の口座番号を誤つて打つたというのみでなく、操作の結果が、操作の内容から予測される結果と明らかに異るもので、かつ不合理なものであり、それが口座番号を誤つて打つたことに因るものであることを、容易かつ即座に発見できたにもかかわらず、これを見過したという、記帳機操作担当者としては基礎的かつ容易な注意義務を怠つたことになるのであるが、前記四1の(一)ないし(三)及び(五)に掲記の客観的各事実が認められることに照らすと、右の点は、前記の推認を妨げるに足りないものと考えられる。

3 原審及び当審における控訴人本人尋問の結果のうちには、前記三3(四)認定の振込手続は、控訴人が札幌支店に赴いて依頼したが、前記三3(三)認定の各預金通帳への記入の依頼を、控訴人が札幌支店へ赴いて行つたことはない旨の各供述があるが、前記三3(三)認定の各預金通帳への記入の依頼が、高屋が控訴人から右各預金通帳を預つたうえで行われたものであるか、控訴人自身が札幌支店へ右各預金通帳を持参したものであるかは、前記四1の推認に影響を及ぼすことではない。

五前記四1認定事実に照らすと、前記二1、2の控訴人本人の各供述は、いずれも信用できないし、前記二3(二)認定の、高屋が昭和五〇年九月二七日、控訴人に対し、本件係争記載の定期預金について、同月三〇日に解約、払戻手続を行うことを約したにかかわらず、その後に、本件係争記載の抹消が行われたという事実も、控訴人がその主張のように、現金一〇〇万円を定期預金として預入れるために高屋に交付した、という事実を推認させる根拠とならないことが明らかである。そして、他に、控訴人がその主張のように、現金一〇〇万円を定期預金として預入れるために高屋に交付した、という事実を認めるに足りる証拠はない。

したがつて、右事実を前提とする控訴人の請求は、理由がないものといわなければならない。

六結論

以上のとおりで、控訴人の本件請求は理由がなく、これを棄却した原判決は相当であるから、民事訴訟法第三八四条により本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担について同法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(輪湖公寛 寺井忠 矢崎秀一)

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